マヨヒガへの道

東方関係、主に霖之助と少女達のお話。時々旅行記。

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さいごの冷やかし

元々は香霖堂の軒先で雨宿りしていた橙が色々とあって「こーりんどうさん?」っていう話だったんだ。


だったんだ。




 しとしと降りしきる冷たい雨の中、渋染めの唐笠を片手に黙々と独り歩く。
 一昨日ぐらいから雪は雨へと代わり、降り積もっていた雪を少しずつ溶かす。
 まだまだ寒いと言える様な気温だが、移ろいゆく景色に春の足音を感じる。

 里で用事を済ませた帰り道。
 途中に立ち寄った霧雨の親父さんの所でついつい長居してしまった。
 その遅れを取り戻そうと少々急いでみたものの、雨のお陰でそれほど歩調を上げる事も叶わず、今に至る。

 ようやく戻ってきた我が店の軒先で傘をたたみ、冷たい雨から身を隠す。

「いらっしゃいませ」

 何時もと変わらぬドアベルの音。
 何時もと違う来客を迎える声音。

「……何をしているんだい?レティ」

 見慣れた店内の何時もの場所に据えてある、古びた愛用の椅子と机。
 けれども、何時もは居ない見慣れぬ姿の少女が机に腰掛けたまま、じっと此方を見据えていた。

「見て分からない?」
「分からないから聞いているんじゃないか」
「あら、そうだったの?」

 柔らかな藤色の髪がふわりと揺れる。

「それじゃあ、お客を放ってこんな雨の中を彷徨いている変わり者の店主の代わりに店番。でどうかしら?」
「ふむ、悪く無いが少々くど過ぎだね。それに、僕は止む終えず店を開けたのであって、決してお客を放っていた訳じゃ――」
「ねぇ、霖之助」
「なんだい?」
「くどいって言葉の意味は知ってるの?」
「もちろんだとも」
「あら、そう」

 肩をすくめるレティを横目に、雨でずぶ濡れになった荷物を慎重かつ、ぞんざいな扱いで肩から降ろす。

「ところで」
「なにかしら?」
「変わり者とはなかなか言ってくれるじゃないか」
「あら、だってこんな天気よ?」

 彼女の指につられて窓の外を見る。
 相も変わらず唯々冷たいだけの雨が、しとしとと降りしきる。

「こんな雨の中に出歩くなんて、それこそ変わり者に決まってるじゃない」
「ああ、確かに。だからその変わり者がわざわざ訪ねて店番をしてくれた訳かい?」
「ええ、変わり者の店主の代わりにね」
「なるほど、そいつは有り難いね」

 双方共に油断ならぬ笑みを崩さないまま、互いに出方を窺う。
 だがしかし、それも一瞬の出来事で。

「ふっ」
「ふふっ」

 どちらからとも無く、まるで示し合わせたかの様に頬の力を抜き微笑み合う。
 先ほどまでの笑みとは違い、とても穏やかなそれは、まるで旧知の悪友に会うような、そんな雰囲気を感じさせる。

「いらっしゃい、レティ」
「ええ、お邪魔してるわ」
「それで、今日はどういった用件なんだい?」
「あら、別に用なんか無いわ」

 彼女の素っ気ない物言いに霖之助の眉がぴくりと動く。

「なるほど、冷やかしかい?」
「ええ、そう。最期の冷やかしに、ね」
「……もう少し先だと思っていたんだがね」

 決して先の帰り道で感受した事を忘れた訳ではない。
 春が訪れるとなれば、冬は去らねばならない。
 いや、冬が去るから春が訪れると言うべきなのだろうか?
 何れにせよ、彼女は季節という舞台から降りなければならない事に変わり無い。

「お茶を入れよう。君も飲むだろう?」

 レティの返事を待つことなく、その準備に取りかかる。
 こうして最後の挨拶に来てくれたのだから、茶でも振る舞うのが礼儀――

「わっ、っと」

 トスンと程良い質量を背中で受け止める。
 腰に巻き付けられた腕が「危ないじゃないか」という言葉を引き留める。

「今日がね、寒気を操れる最後の日なの」

 布越しに重なり合った部分がひんやりとする。

「だから、あなたが酷い寒さに震えるのは今日で最期よ」
「……それは良かった」

 雪のように白く、冷たい手の甲にそっと掌を重ね、窓の外に目を向ける。
 先ほどまで静かだった木々が耳障りな音を立て始める。
 彼女の言葉通りなら、きっとこの雪混じりの風も今日で見納めなのだろう。

「ねぇ、霖之助」
「なんだい?」
「春が来るのは嬉しい?」
「そりゃ人並みにはね」

 春を喜ばぬ生き物は居ない。
 命のふるいとも言うべき季節を無事に過ごせたのだから、それも当然だろう。
 そう、彼女の様にごく一部を除いては。

「寒いのは嫌い?」

 巻き付けられた腕にぎゅっと力がこもる。
 微かに震える不安げな声は、嫌われるのを恐れているようにも思える。

「……言うほど嫌いじゃ無いさ」
「そう」

 重なり合わせた掌に、ほんの少しだけ力を込める。
 日が落ちて冷えてきたのか、吐く息が白い。

「私が居なくなると寂しい?」

 ……いや、待て。
 日が落ちた程度でこんなに冷え込むものなのか?

「レティ」
「なぁに?」
「すまない、ちょっとストーブを付けさせ――」
「だぁめ、誤魔化さないで」

 まるで猫がネズミにじゃれついている様な無邪気な声で、霖之助をしっかりと抱きしめて離さない。

「それで、寂しい?」

 艶めかしい嗤いを浮かべ、霖之助に身体を預けるようにしな垂れかかる。
 彼女のひんやりとした体と、雨で濡れた服が相まって徐々に体温を奪っていく。

「まぁ、少し、は」
「そう……良かったわ」

 異様なほどの早さで、つま先や指先がかじかみ、痛みさえも感じない。
 先ほどまで雪混じりだった風は、いつの間にか猛吹雪と化し、窓の外で哮りをあげている。

「この頃ね」

 何の前触れもなく、腰に回された腕がするりと解ける。
 半ば彼女に頼る形になっていた霖之助は、支えを失った事により、前のめりに崩れ落ちそうになる。
 だがそれでも、凍えた脚で辛うじて持ちこたえた。

「一人で次の冬まで過ごすのが、とても寂しくてね」

 そんな霖之助を余所に、今にも踊り出しそうな軽やかな足取りで窓辺に歩み寄る。
 荒れ狂う強風と明らかな質量を持った、冷たく重い雪が窓のガラスを激しく叩きつける。

「どうすればあなたと一緒に過ごせるかなって、考えたの」

 それはまるで、一枚の絵画の様に。

 窓辺で振り向いたレティの微笑みに目を奪われる。
 だからだろう。
 彼女が背にした窓ガラスに、綺麗な放射状のヒビが入っていた事に気が付けなかったのは。

「それでね」

 窓という窓、全てのガラスが割れ、あっと言う間に店を白く埋め尽くす。

 先程まで見えていた彼女の笑みが吹雪の中へ消える。

「私が留まるのが一番かもしれないけど、それは出来ないじゃない?」

 ハッと我に返り、「やめろ」と冷えきった肺から絞り出した声は、果たして荒れ狂う吹雪が全て外へと掃き出してしまう。

「だからね」

 しかし、そんな猛烈な吹雪の中にあっても、不思議な事に彼女の声だけははっきりと聞こえる。

「あなたと一緒に居るには、こうするしか無いのかなって」

 無秩序に運び込まれた雪が、みるみるうちに膝までも覆い隠す。

「ね、霖之助」

 一歩、また一歩と吹雪の中から姿を表したレティが、両手でそっと霖之助の頬を優しく包み込む。
 それが切っ掛けとなり、先程までの吹雪が嘘のようにぴたりと止まる。

「好きよ、愛してるわ」

 澄んだ空気を震わせ、熱く冷えきった吐息が耳をくすぐる。

「あなたはどうなのかしら?」

 それは何時もと変わらぬ、柔らかな声音。
 それに答えるべく凍えた唇がわずかに動くものの、その役目を果たすことは遂に無かった。
 だが、それでも。

「ふふっ、霖之助らしいわね」

 聞こえるはずのないその答えを、彼女は一体どう受け取ったのだろうか。
 だが、それは彼女以外に知る由も無く。唯々、鈴を転がしたような可愛らしい声だけが響きわたる。

「ねぇ……霖之助」

 まるで、愛おしい我が子を見つけた母親の様に、霖之助の頭をぎゅっと抱きしめる。

「これからは、ずぅっと一緒に居ましょう?」
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  1. 2012/04/22(日) 20:32:44|
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