マヨヒガへの道

東方関係、主に霖之助と少女達のお話。時々旅行記。

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自鳴琴

口元を隠す女の子って可愛いじゃん?


……女の子だよ!

(霖之助 紫)






 視界を閉ざしていたまぶたをゆっくりと開く。
 まず飛び込んできたのは、日本家屋独特の古びた木目の天井。
 体を包み込む様にまとわりつくのは、柔らかな布団の感触。

――どうして布団で寝ているのかしら?

 ぼんやりとする頭を巡らせて、自分がおかれている状況を少しずつ整理する。

 そう。
 ここ最近は何かと忙しく、休む暇が全く無かったのだ。
 それらの事案を一つずつ片づけて、ひと段落したところまではハッキリと覚えている。

――ええと、確か藍に休むように命じて……

 それから、スキマを開いて何処かへ顔を出してから休むつもりでいた。
 だか、そこから先の記憶が全く思い出せない。
 だから、恐らくその辺りで倒れたのだろう。
 その所為もあってか、いったい何処へ行こうとしたのかも思い出せない。

――また藍に泣きつかれてしまいそうね

 かつて一度倒れた時の事を思い出して心の中でクスリと微笑む。

――あの時の藍の顔ったら、本当にもう。

 それからというもの、出来る限り無理をしないように努めていたつもりだったのだけれど……

「おや、お目覚めかい?」

 不意にかけられた予想外の声音に身体を強ばらせる。
 それと同時に、ぼんやりとしていた頭にも血が巡り始める感覚を覚える。

「ええ、お陰様ですこぶる快調ですわ」

 布団の側に座り、こちらをのぞき込むように見ている人影。
 そして、予想外の正体に息をのむ。
 だが、その様子を微塵にも表に出すことなく、努めて冷静に、何故この人物がここに居るのかを問いかける。

 そう、その正体とは。

「……ところで」

 いつも紫の傍らで控えている、太陽のように柔らかな金毛の狐では無く。

「どうして霖之助さんがここに居るのかしら?」

 月のように澄んだ銀髪の店主だった。





「なるほど」

 一通りの説明を聞き終えた霖之助が、軽く顎を撫でながら頷く。

「それで、僕の手元をめがけて落ちて訳かい?」
「え、えーと……」

 霖之助の意地の悪い質問に思わず目を泳がせる。
 自宅だと思いこんでいた場所が、実は香霖堂であり、尚かつ、彼の仕事の邪魔をしたとあっては、さしもの紫とて非常に気まずい。

「はぁ……しかし、まぁ、事情はわかった」

 いつものように、しかめっ面で追い出そうとするのかと想像していたのだが、どうやらそうでも無いらしい。
 だが、ため息をつくその姿は、呆れを通り越して、最早悟りの域に達している感すら伺える。

「それにしても」
「はい……?」
「それほどまでに忙しいとはね、正直以外だよ」
「むっ、それはどういう意味で、痛っ……」

 布団と額に乗っていたタオルをはね飛ばし、霖之助の軽口に異を唱えようとした紫だが、ズキリと痛む頭に出鼻を挫かれる。

「ああほら、大人しくしないか」

 その隙をつかれて、と言うほど大げさなものではないけれど、霖之助にやんわりと肩を押されて、再び布団へと戻される。
 成すがままに大人しくしたのは、普段より優しく感じられた声音の所為か、はたまた肩に触れる温もりの所為か。

「こ、子供扱いしないで頂けますかっ」
「ああ、わかっているとも」

 戸惑う紫の抗議はどこ吹く風。
 飛んでいったタオルを拾い上げ、水に浸してからギュッと固く絞る。

「なんにせよ、痛みが引くまで少し休んでいくといい」

 程良く湿ったタオルを額にそっと乗せ、そのまま立ち去る――のかと思いきや。
 その場に座り込んで、傍らにおいてあった箱から何かを取り出した、かのように見えた。

 と、いうのも。

 首を動かしてしまえばしっかり見ることが出来るのだろう。
 だが、額に乗せられたタオルのお陰で、目線を動かすだけで精一杯だ。

 じっと見つめている紫に気がついた霖之助が、「君が落ちてきた時に持っていたものだよ」と言うと、気まずいのか、ササッと布団で口元を隠す。

「……お店は大丈夫なのですか?」
「ああ、今日はもう店仕舞いだよ」

 恐る恐る、といった感じで布団から顔を出す様は、まるで小亀が辺りを伺う仕草を思わせる。

「君らは放っておくと何を仕出かすかわからないからね」
「君ら……って失礼ですわね。あの子らと一緒にしないで頂けますか?」
「ほほう?」

 意味ありげに呟いた霖之助が視線を手元に落とす。

「……ごめんなさい」

 小亀が甲羅へ潜り込むかの様に、再び布団で口元を隠す。

「ああ、別に君が気にする事は何も無いさ」
「でも……」
「ふむ、もしそう思うのなら……そうだね、ストーブの燃料代をまけてくれると有り難いんだが」
「むぅ」

 霖之助の出した条件に額に皺寄せて考え込む。
 本来なら異を唱えたいところだが、いかんせん今回は分が悪い。

「……五分」
「五割」
「一割」
「五割」
「二割」
「五割。ふむ、こいつは修理しがいがある……」
「ぐっ……に、二割五分。これ以上は譲れませんわ」
「ふむ……まぁ良いだろう」

 眉一つ、条件一つ動かすこと無く手を打つ霖之助とは対照的に、紫は終始押されっぱなしになる。
 『修理しがいのある物』を紫からも見えるように掲げられては、さしもの彼女もあまり強く出る事が出来ない。

「……今季分だけですわよ」

 負け惜しみ、と言うわけでも無いだろうが、期間についてしっかりクギを刺す。
 だが、霖之助はそれでも満足といった様子で、フッと頬を緩め、止めていた手を再び動かし始めた。

 箱に入っている『修理しがいのある物』を一つずつ取り出しては、子細に眺め、明かりに翳し、状態別に振り分並べてゆく。
 その様子をジッと眺めていた紫だが、箱の底が見えてきたきた頃に、ようやくその正体の見当がついてきた。

「オルゴール、かしら?」

 本来なら可愛らしく、もしくは美しく、あるいは瀟洒に装飾された箱に納められているはずだ。
 だが、霖之助が手にしているのは、無機質な金属の固まりにしか見えない。

「正解」

 もし、そういった知識の無い者が見れば、それがオルゴールだと気が付くことが出来なかっただろう。
 霖之助は最後の一つと並べていた物を手に取り、紫からも見やすいように掲げる。

「これは羽車の軸が曲がってる奴。これはゼンマイが折れている奴――」
「えっと……」
「いやはや、拾い物だけあって状態の良くない物が多いものだね」

 含みを持たせた物言いにハッとして、霖之助の顔を見やる。

「……騙しましたわね?」
「人聞きの悪いことを、僕は君が壊しただなんて一言も言ってないだろう?」

 わざとらしく肩をすくめる霖之助に紫は言葉を詰まらせる。
 確かに、壊したのは自分だと勝手に思いこんだ紫が悪いのであって、ここで彼を責めるのはお門違いというもの。

「むむ……」

 かといって、布団の端を握り、恨みがましい目で睨んだ所で先の約束が無くなる筈もなく。

「それで、これは櫛が折れている奴でね、こいつは修理出来ないから、それぞれの部品を拝借しようと思っていたところさ」

 それを判った上で種明かしをするのだから、この店主、本当に食えない男である。
 最も、それだけ信用されているといえばその通りなのだが、どうにも釈然としない。

「ふぅん。それで、そこまで手を掛けて、お幾らで売りに出すおつもりですか?」

 だから、ついつい嫌みったらしくなってしまうのは仕方がないだといえる。

「いやいや、時たま妖精達が面白い物を持って来る事がままあってね。それでお代の替わりに、と思って」
「ああ、なるほど……確かに、あの子達にお金を渡しても仕方がありませんものね」

 思わず感嘆の息が漏れる。
 無論、霖之助の心遣いに、では無い。

「そういう所はまるで商売人ですわね」
「失敬な。僕は根っからの商売人だよ」
「あらそうでしたの?」
「ああ、そうだとも」

 少し言い過ぎたかしら、と心配になった紫は横目で霖之助の様子を窺い見る。

「香霖堂店主の森近霖之助、と覚えておいてくれると有り難いね」

 相も変わらず、霖之助は飄々としている。
 紫はほっと胸をなで下ろし、代わりに疑問に思っていた事を霖之助にぶつけてみた。

「でも、霖之助さん。それなら櫛を変えた方が手軽ではありませんこと?」

 この手合いは大量生産された物ですし、と付け足す。

「確かに、そっちの方が修理としては容易いかもしれないね。見る限り、これらは幅も、長さも、材質も同じ物であることに間違いはない。だが、それと同時にこの失われた部分が完全に同じだという証拠も全く無い」

 饒舌に語り始める霖之助と手にしている二つのオルゴール。
 そう、このオルゴール達はどこから見ても全く同じにしか見えない。 

「君も知っているとは思うが、0.999……と無限に続く値は1と等しく――即ち100%であるというのは無論、僕も理解しているつもりだ。だが厘の位ではどうだろうか?塵の位で、須臾で、刹那で、涅槃寂静の位でも。次の位で違う数字にならないと誰が確認したのだろうか?」

 徐々に霖之助の弁が熱を帯び始める。

「そして、また現実の世界でも同じことが言える。千の同じ物が全て同じだろうか?京の同じ物が全て同じだろうか?溝の、極の、無量大数の、それらの物が全て寸分違わず同じである保証がどこにあるというのだろうか?」

 それを紫は黙って耳を傾ける。
 無論、言いたい事は多々あるのだが、紫もここで口を出すほど野暮では無い。

「その保証が無い以上は、これら別々の組み合わせで奏でる音が元々の音と同じである保証も、また無い。」

 まずは彼の持論を聞いて、その後に自分の意見を述べれば良い。

「となれば当然、羽車やゼンマイも同じ事が言えるだろう。だが、ことオルゴールに限って言えば、残念ながらそれらは完全に同じである必要が無い。」

 そして、気が付いていないのか、はたまた知っていて無視しているのか。

「なぜならば、これらにとって重要な物とはシリンダーと櫛という組み合わせであって、羽車やゼンマイはその付属物に過ぎないからだ」

 紫は霖之助の話に根本的な間違いがある事に気が付いた。
 だから、まずはそこから切り込んでみよう、と。

「と、まぁ、長々それっぽい事を並べてみたのだが」
「えっ?」

 意気込んで霖之助の話に聞き入っていた紫だが、彼の思わぬ一言に肩すかしを食らう。

「本当の事を言うと、ちょっと手が寂しいから手間のかかる方を選んだだけさ」
「はぁ……」

 鳩が豆鉄砲を食らう、とは正にこの事だろう。
 あまりにも漠然とした理由を告げられ、さしもの紫も開いた口がふさがらない。

 そんな紫を後目に、霖之助は静かに道具箱からネジ回しを取り出す。
 あれほど饒舌に語っていたのがまるで嘘のようだ。

「ぷっ」

 空気の詰まった袋を針で突いたような音。
 そんなささやかな笑い声が紫の口から漏れ出し始める。

「そうですか、ふふっ、暇だったからですか」

 どうにか堪えていた様だが、一度堰を切ってしまった以上、この笑いを当人にも止める術は無く。

「なるほど、それなら仕方ありませんわね、ええ」

 クスクスと笑い続ける紫はとうとう耐えきれなくなったのか、布団にもぐり込み顔を覆い隠してしまった。

「……そんなに変だろうか?」
「いえ、そういう訳では、ふふっ」

 そして今度は、霖之助が呆気にとられる番だ。
 霖之助とて、決しておかしな事をいったつもりは無い。
 だから、どこがおかしかったのか紫に問い詰めたいのだが、この様子ではどうやら答えてくれそうにない。

「はぁ」

 小刻みに震える布団の固まりを一瞥して、ため息を一つ。
 そして、止まっていた手を動かし作業へと戻る。

 オルゴール、という物は、緻密に作られて居るのだが、決して複雑に作られている物ではない。

 無論、大がかりな物になってくると、至る所に仕掛けられたカラクリが複雑に絡み合う物もある。
 だが、いま霖之助が手にしているのは、至ってシンプルな物ばかり。

 力を蓄えるゼンマイと、それを伝える幾つかの歯車。
 そして、それによって回りだすシリンダーの突起が櫛を弾いて音を奏でる、ただそれだけの物だ。
 それらを、症状にあわせて一つ一つ丁寧に直していく。

 霖之助が櫛の折れたオルゴールを解体し、修理するオルゴールに手を付けた頃だろか。
 隠れていた紫がいつの間にかひょこっと、布団から顔を覗かせ、ジッと霖之助の様子を観察していた。

 堅く締まったネジを緩める時は額に皺を寄せ。
 薄く丈夫なゼンマイを取り外す時は息を止め。
 櫛とシリンダーの隙間を調整する時は目を細め。
 軸と受けの汚れを落とすときは鼻歌交じりに。

 恐らく無意識なのだろう。
 一つ一つの作業ごとにコロコロと表情が変わる様は見ていて飽きることがない。

「ふぅ」

 五つ目のオルゴールを修理し終えた所で、霖之助の口からため息が漏れる。
 ひと段落付いたのか、手にしていた道具を箱に戻し、腕を軽く伸ばし。

「うん?」
「あっ」

 先ほどから霖之助をジッと観察していた紫の視線に気が付いた。

「どうかしたのかい?」
「え、いえ、何でもありませんわ」

 怯えた子亀が、再び慌てて布団に潜り込む。
 紫に疚しい所など何一つ無いはずなのだが、霖之助の視線に耐えきれず、ついつい布団の中へ逃げ出してしまった。
 そんな紫の様子を訝しみつつも、どこか愛嬌のある仕草に霖之助は思わず口元を緩める。

 「さて」と小さく呟いた霖之助は、再び道具箱に手を伸ばす。
 彼が手にしたのは、大人の親指よりも一回りほど大きな栗色のガラス瓶と畳針。
 蓋を開けて飴色の油に畳針を浸し絡め取る。
 水に近い、さらっとしたそれは、油面から針を引き上げるとほとんどが流れ落ちてしまい、針の表面を濡らす程度しか絡まない。

 だが、本当に必要なのは極々わずかな量。
 むしろ、針の表面を濡らすぐらいのでも多いくらいだ。

 瓶の内側に針を当てると、チンと涼やかな音を響かせ針に絡まった油が更に流れ落ちる。
 そうして不要な油を取り除いた針で、歯車から軸の順に、ほんの少しずつ湿らせていく。

「よしっ」

 一つ一つ丁寧に同じ作業を繰り返し、最後の一つをそっと床に並べ直す。

 チラリ、と紫の様子を窺う霖之助。
 だが、彼の声に布団の中でモソモソと反応するものの、出てくる気配が一向に無い。

 そんな紫の様子に霖之助は肩を竦め、再びオルゴールへ手を伸ばす。
 そして並べられた物の内の一つを無作為に選び、手に取る。

――さて、そろそろ一仕事してもらおうか。

 直したばかりのゼンマイをゆっくり巻き上げる。
 キリキリと音を立て、最後まで巻き上げたオルゴールから、ゆっくりと手を離す。

――はてさて。

 無機質でありながらも優しい音色が店内を満たす。

――これら全ての曲名を聞き出すのに、一体どれくらい時間がかかるだろうか?
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  1. 2012/02/09(木) 22:50:16|
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